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『自分に「いい子」になろう』

昨日、シリウスのガイドさんを呼んでみたところ、次のようなメッセージを語ってくれました。

『周りに合わせる「いい子」じゃなくて、もっと自分に「いい子」になりなさい。これからも周りに「いい子」やっている時に、反対側の自分も喜んでいると気づきな。成長しているんだからね。

いつも一緒。一瞬だよ。一瞬意識を向けてくれれば、そっちの意識に現れるよ。』

このメッセージに至る前に、今回の自分の人生で、子供の頃から自分が周りに「いい子」ブリっ子するようになったトラウマと思われる、3歳くらいの時の出来事を見せられました。今の自分の記憶には残っていないものです。

簡単に言うと、おもちゃやおもちゃにしてしまっていた茶碗や湯飲みを散らかしていたところを、母親にきつく叱られたシーンでした。「いい子」にしなさいと、ものすごい形相で叱られたようで、初めての経験で相当ショックを受けたようです。その当時の我が家は、両親と姉と私の4人に父方の祖母、父の弟、それにまだ若い父のいとこの7人が、畳の部屋が4つの借家に同居しており、我儘だった父や祖母の性格もあり、母はストレスが溜まり、ヒステリックになることもあったのだと思います。

ただ、どうもこの体験がトラウマになったのでしょう。今世だけでなく、過去生でも同じような体験は何回もあるのだと思いますが・・

周りに対する「いい子」とは、心理学にいうペルソナの一種ですね。社会性というか、外面をいい人のように繕っていると、それとは正反対のシャドウが内側に形成されて溜まっていきます。このシャドウが溜まって抑え込めないくらいになると爆発したように噴き出す訳ですが、噴き出す対象は、大抵親兄弟、配偶者、子供などの身内になります。

これは多かれ少なかれ、誰にでもあることだと思います。解消する心理学的な方法もあると思うのですが、やはりここのところ何回か書いてきたように、自分のセンターにあるニュートラルな意識、俯瞰意識、メタ認知で自分のこととして、自分の中の色々な面、色々な極をそのまんま、ただただ捉えることが大切なんだと思います。

さて、シリウスのガイドさんからのメッセージにあった「自分にいい子になる。」はよく分かるとして、「周りにいい子やっている時に、反対側の自分も喜んでいると気づきな。」ですが、ちょっともう少しこの言葉を噛み締めてみることにしましょう。

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『自分宇宙のバランス』

『 人とトラブルがあったとします。

その時、今の自分のバランスが、このトラブルが起きることで取れているんだと思えますか?

今の自分のバランスが成立するために、このことが起きているんだなと、トラブルの当事者と思ってしまっている他の人に向かっていた意識を自分に向けてみましょう。

そうするとそれを見せてくれた他の人という「自分」に、「ありがとう」という感謝の思いが湧きます。

だから自分は完璧なんです。

統合は無限の階層

それを登って行くのが魂の道

存在として存在する所以

あなたは、自分という宇宙がその完璧さを見せてくれていることに、どこまで気づいていますか?

どこまで感謝できますか? 』

これは、朝まどろみの中で伝わってきたメッセージをベースにまとめたものです。

そういう時はこの感覚が、意識の中で体現できているのですが、日常生活に戻ると、いつも通りに・・

すなわち、このメッセージを言われる対象になってしまします。

そんな繰り返しで、魂の成長はずーっと続いていくのでしょう。

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『意識の統合について』

3ヶ月ほど前になりますが、ちょっとチャネリングの真似事をしてみようと思って、どんなメッセージが出てくるものかとICレコーダーで録音してみました。多分ハイヤーセルフに繋がったのだと思いますが、その時の口から出て来た言葉は以下のようでした。

「だっていつでもそうなんだけれども、考える以前に出して行かなきゃいけないっていうのは、やっぱり言葉をコロコロ転がすっていうことだよね。

今日引いたカード(ボイジャータロットのKnower)がすごかったけど、自分自身の二極化っていうのは、具体的にはどうしたらいいのかっていうのは、やっぱり出て来たみたいに、いろんなものを自分だっていう、体現的っていうのかな、自分自身なんだっていうのを体感しないといけない。

二極化している、例えば他人に対する自分の気持ち、他人がどう思っているか、ちょっと見下してしまっていることなど、それに対する感情の動き、そういうのが全部自分なんだっていうことだね。他人が、例えば怒っているとか、不愉快そうだとかいうような感覚を自分が持ったとしたら、その他人の感覚そのものが、やっぱり自分の中の一部なんだっていうようなことを同時に体験して、それで、その時間と、それをもう一度戻ってきてそれをこっちで見ている、モニターしているような自分の意識と両方あって、それが短い時間で入れ替わって行く。毎瞬毎瞬でも入れ替わるような、そういうのを全部自分だって捉えるような、そういうことができると、だんだんだんだんその時間間隔の短さと共に、向こうもこっちも統合という形になって行く、っていうことだよね。

それが単に二極とかって言うことじゃなくて、同時にいろんなこと、例えば周りに3人4人人がいたら、その人たち一人ひとりについても、同じように相手の動きだとか、相手の思っていること、相手が感じていること、そういうのが全部自分の中なんだ、みたいなことを、毎瞬毎瞬コロコロコロコロと捉えられるような、入れ替わり入れ替わり、そういうのが短い時間に起きるようなことがどんどん進んで行くと、それが統合になるということだ、と思う訳。」

普通に意味が取れないところもあるので自分なりに解釈してみると・・ 通常意識、顕在意識で活動している時に捉えている自分と他の人達。そこでは色々なドラマが起きていて、色々な思いや感情が湧くものです。そういう自分や他の人達、そこで織り成されるドラマをちょっと上から俯瞰して見ているような意識があって、時たまそれに気づくようなことがあったりします。これが気づきの意識、メタ認知と呼んだりもしますね。

この意識はとても大切なのだけれど、ドラマの渦中にいるとなかなかそれに気づけないものです。意識的にこの意識に気づけるようになると、通常意識とこの俯瞰意識が短いサイクルでコロコロ入れ替わるようになって行くようになります。これが更に更に短いサイクルで入れ替わるようなって行った先に、意識の統合があると・・ そんな感じでしょうか。

残念ながら自分はまだ体感的にこれが掴めていないので、真偽のほどは?です。いつか体感したいものですね。

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《火曜日の整体ヒーリングサロン(麹町高善ビル) 営業再開のお知らせ》

6月21日の緊急事態宣言解除を受け、6月22日(火)より麹町高善ビル4F施術スペースでの、整体・ヒーリングサロン『QEハーモニー』を再開いたします。

気導整体・ファシアケアの対面施術をご希望の方は、ご予約いただけますようお願い申し上げます。

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『手放して羽ばたく』

今日、朝の瞑想時に降りて来たメッセージを紹介します。

鳥みたいに羽ばたく

大空を羽ばたく

そのためには捉われない

抱え込まない

手放す

軽くなる

軽くなって羽ばたく

いろいろな人がいて色々な関係がある

それがあるのはあたりまえ

それが「ある」あたりまえがある

ただ「ある」だけがある

捉われない

捉われを抱え込まない

ただただ「ある」と受けとめる

捉われない

いらない捉われは手放す

気がついたらそれをやる

それをやることに気づく

それって修行みたいなもの

この世に生まれて来た修行みたいなもの

それをやるのが人生

いらない思い、いらない捉われを手放す

そうすれば、本当に必要なものの循環が生まれる

そういうこと

今の自分に一番必要なメッセージが降りて来たという感じ。共感される方が多いと嬉しいです。

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『愛と感謝について』

4月14日に『愛について』というコラムを書きましたが、それなりの反響をいただきました。そして同時に、私が「これから塾」として投稿しているコラムについて、難しい、長すぎるといったコメントをよくいただきます。確かに・・ と思うので、もう少し短く、分かりやすくしようと思いますが、今回のテーマも『愛について』の時と同じように、超ひも理論的な展開になるので、どうしても取っ付き難い人が多いかも知れません。でもメッセージが降りたこともあり、愛や感謝について超ひも理論で論じるなんて言う人間は、世界広しといえども自分くらいだと思うので、敢えて書くことにいたします。

超ひも理論にいう「超ひも」とは宇宙の最小構成単位のエネルギー体ですが、10のマイナス35乗メートルくらいの長さのひものようにとらえられる10次元のエネルギー体が、丸まっていたり、丸まっていなかったりして、振動したり、スピンしたりしている訳です。宇宙はすべてこの「超ひも」の振動やスピンというエネルギー活動の集まりです。これ以外のものは宇宙にはありません。例えば宇宙空間というときの空間も、「超ひも」が活動している領域を、私たちが空間として捉えているだけで、空間という存在がある訳ではありません。

そしてその「超ひも」のエネルギー活動の内、他のすべての「超ひも」と繋がるエネルギー活動を「愛」と捉えました。

さて、その「超ひも」の活動ですが、「超ひも」が存在しているのは、今この瞬間だけです。だから宇宙のすべての存在が存在しているは、今この瞬間だけになります。瞬間瞬間が新たに生滅を繰り返しているので、本来なら今この瞬間は次の瞬間にはすべてリフレッシュされた状態になるはずです。でも、私たちがいるこの世界(4次元時空体)を顧みても、私たちの時間軸に沿って過去が現在に受け継がれるのは、波動には干渉という性質があり、振動を続けながら干渉によって形成されるパターンが、次の瞬間、次の瞬間へと継続されていくからです。この継続されるパターンの組み合わせが、情報になり、記録(レコード)になり、記憶になります。それだけでなく、私たちが捉えられる形あるものも形のないものも、継続して捉えられるものは全て、根底のところでみな「超ひも」の波動の干渉パターンが形成されて受け継がれていることになります。

全ての「超ひも」の繋がりのエネルギーを「愛」と言いました。そして、この干渉パターンに向けられた愛のエネルギーが「感謝」なんですね。形成された波動の干渉パターンに、今この瞬間に愛を感じる、それが「感謝」で、それがちゃんとできると古い干渉パターンが解けて、新しい必要な形が形成されていくのだと思います。

「愛」と「感謝」というと、ホ・オポノポノを思い出します。この世のことは全て自己責任、自分の潜在領域、そこにいるインナーチャイルドに「愛」と「感謝」を向けて行く。それで干渉パターンが解ける。クリーニングされる。シンプルにして大変深い成長へのアプローチでしょうか。

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『QEとは』

ちょっと施術・ヒーリングの話ですが、5月末から動画配信によるフランク・キンズロー博士の「QE基礎/上級セミナー」を受講しています。この後最後に、キンズロー博士ご本人が登場するZOOMによるQ&Aセッションがあります。

もう10年近く前、キンズロー博士来日のセミナーにエントリーしたことがあったのですが、来日そのものがキャンセルになってしまいました。自分のヒーリングサロンは『QEハーモニー』という屋号ですが、QEは、分かりやすくクォンタム・エネルギー(Quantum Energy) としています。キンズロー博士のQEはQuantum Entrainment(量子同調)で、難しくなるのでエネルギーくらいの言葉にした方がいいと考えた次第です。

言葉は別にしてやっていることは、量子・素粒子・超ひもレベルの波動の性質を使って、同調とか共役をさせてヒーリングするものです。「そんなことできるの?」とか「どうすればできるの?」といった質問に答えるとしたら、物理学で証明されている最ミクロの世界の法則なので、それを信じ切って利用するということですね。

キンズロー博士と同じようなクォンタムレベルの施術体系を展開しているのが、リチャード・バートレット博士の「マトリックス・エナジェティクス」です。こちらは、過去・現在・未来の時空も越え、パラレルワールドも利用した施術になります。how toは、QEによく似ていると思います。

パラレルワールドなんて言うとSFとしか思わない人がまだ大半でしょうが、最先端の物理学の世界では、マルチバース宇宙論、多元宇宙論、M理論、ブレーン宇宙論など、パラレルワールドと呼んでいいものの存在を前提としている色々な宇宙論が展開されています。理論宇宙物理学者であるハーバード大学教授のリサ・ランドール博士は、こうした最先端の領域を一般人向けにいくつかの著作にされているので、興味のある方はたまにはこういった本も読んでみることをお勧めします。

さて、そんなQEですが、施術家、ヒーラーとしては、先日もちょっと述べた「刹那滅」の滅の状態を意識することが、ポイントのように思います。キンズロー博士のいうPure Awareness(純粋な気づき)の領域と共通点があるように思えます。そして何よりも、信じ切ることでしょうか。

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『「ある」ということについて』

少し時間が経ってしまったのですが、5月21日の朝の瞑想中に次のようなメッセージが湧いてきました。

すべては「ある」だ。全部「ある」だ。

ブッダも聖者もそれを悟った。

不調な部位も、犬の鳴き声も、

家族に対するポジティブな思いも、ネガティブな思いも、

過去生も、その記憶も、

みんな「ある」だ。

だからその「ある」を全部受け入れる。

「ある」を全部受け入れていること、

それが当たり前だ。

それ以外に何もない。

宇宙の中には「ある」ものしかない。「ない」ものはなにもない! 宇宙は「ある」の集まり。

物理学的に言えば、それが全部「超ひも」の活動になる。「超ひも」の活動の集まりになる。

「ある」だけがある。こんな当たり前のことを実はみんなよく分かっていない。

自分の中によくない面、よくない自分は色々ある。でも、それは確かに「ある」のだからそれを認めればいい。

それを認めないで否定しようとするからおかしくなる。みんな「ある」、ただただ「ある」、それだけていい。そういうことだ。

以上ですが、ちょっと自分なりに補足してみると、私たちが認識できるものは変化しているものです。私たちは変化を認識しているのです。宇宙の最小構成単位の「超ひも」は絶えず振動し、スピンし、変化しています。宇宙は変化の集まりであり、そこに「ある」一斉のものが私たちの認識対象です。

「刹那滅」という捉え方をすると、この「超ひも」の活動が毎瞬毎瞬生滅を繰り返していることになります。毎瞬毎瞬「ある」状態と「ない」状態が入れ替わり、それが繰り返されているということです。

この「滅」の状態を「ゼロ・ポイント」と呼んだりします。それは変化していない、すなわち認識できない状態です。瞑想して、この認識できない状態に意識を向けて認識しようとすると、勿論認識できないのですが、満たされた、調和した感覚が生まれるんです。

不思議です。それが本当の「ある」体験なのかもしれません。一度試してみてください。