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『22世紀型社会に向って -日本がそのモデルになって行く-』(41回目、最終回)

 あとがきに替えて

【新しいシャーマニズムの時代へ】

 あとがきに替えてと言うことで、改めて22世紀型の世の中を展望してみたいと思います。

 原形宇宙は最ミクロの構成単位の集まり、どこまで行ってもそれに尽きます。その集まり方はイメージでしか語れませんが、マルチディメンション(多重次元)を構成して最マクロまで展開しているのだと思います。私達が捉えている世界は、原型宇宙の中の極一部の構成単位の集まりであるそれぞれの存在が、原形宇宙をそれぞれに捉えている主観宇宙、どこまで行ってもそれに尽きます。そして、私達はいつも原形宇宙と呼応しています。宇宙は最ミクロから最マクロまで無限であり、私達もその宇宙そのものの反映です。

 現代人はそんな無限宇宙の中で、自分たちを極めて狭い世界観、価値観、関係性の中に押し込めて生きています。自分の財産を増やすとか、自分の力の及ぶ範囲を広げるとかは、真の宇宙の在りようから見れば全く不要な考えに思えます。宇宙は多重次元、マルチディメンションです。色々な層があり、それを一喜一憂しないでそのまま感じることが大切です。今、アセンション(次元上昇)が近々起こるような話をよく聞きます。そういうことが感じられる次元もあるでしょう。龍神が付いたとか、天使が見えたとか、UFOを見たとか、そういう次元も確かにあると思います。でも宇宙はもっとマルチディメンションです。多重次元、その中で何処で何が起きているのかを冷静に、自分で自分を見て行くことが大切だと思います。自分宇宙ですから、それは本来可能なはずなのに、余りに特定の世界に捉われ過ぎると、優越意識から自立意識への変容が遅れてしまうように思えるのです。私如きのレベルでこういうことを書いてしまうのは如何なものかと思うのですが、「お前が書かなきゃ誰が書く!」みたいなメッセージが来るので、敢えて書くことにしました。結局、何を言っているのか訳の分からない文章になってしまいましたが・・

 本論は全方位的に22世紀をイメージした未来論として進めて来ました。自分の見識からすれば無謀であった気がしています。2022年に本論の内容に通ずる動画を10数本撮ってYouTubeに公開したのですが、視聴は上がりませんでした。そうしたところ2023年の正月に上の方から「文字化しろ!」というメッセージが来ました。そこで週1回更新することを目標に書き始めたのが本論です。上からのサポートがあったのだと思いますが、書いていると自然に言葉が浮かんでくる感じでここまで書き進められました。お蔭様で書くことで自分自身が成長できたと思えるので、大変感謝しています。

 「上から」と言いましたが、それは何なのでしょうか。それも自分宇宙の中の話ですから言葉にすれが高次の自分ということになります。スピリチュアル系の皆さんはよくハイヤーセルフという呼び方をしますね。ハイヤーセルフに限らず自分宇宙の中にはもっと高次の存在もあることでしょう。そうした存在達にまで自覚の範囲を広げて生きられないものでしょうか。古来そうした能力のある人のことをシャーマンと呼んで来たのではないかと思います。シャーマンに限らず同様の人達を意味する言葉は宗教により、信仰により、地域により色々あると思いますが、ある程度一般的と思われる「シャーマン」を使わせていただきます。

 シャーマニズムの時代には、集落にひとりシャーマンがいて、シャーマンに降りるご神託で集落全体の活動が執り行われていたのではないかと思います。物質サイエンスの時代には、「そんな非科学的なこと!」として否定されて来たことですが、これから皆の意識が自立意識になり、更にその先に変容が進めば、誰もが高次の存在を自分宇宙の中で自覚できるようになって行く時代になると思います。そうなると、そうした形で同様のメッセージを受け取ることのできる人達の間に、量子もつれによるネットワークが勝手に生れて、それで世界が動くことが当たり前になって行くイメージが浮かぶのです。そういう時代を新しいシャーマニズムの時代と呼ぶことにします。

 今と比べれば大分調和した世の中になると思うのですが、いつそういう時代が来るのかでしょうか。私は、今の教育が段階的に変わって行きながら3世代くらい入れ替わる頃かなと直感的に感じます。先ずは自分宇宙の中をハッピーに愛と感謝で満たしましょう。それが進めば進むほど、素晴らしい未来が早くやってくると信じて筆を置きます。

※『22世紀型社会に向って -日本がそのモデルになって行く-』は、週1回くらいのペースで書き足しています。バラバラした投稿になっていますが、初めから順番に読みたい方は、note のサイトを見ていただくと、頭から読める投稿にしてあります。

https://note.com/qeharmony_627/n/n1c014e6dbe0c

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『22世紀型社会に向って -日本がそのモデルになって行く-』(40回目)

3.22世紀型社会への道

3) 今やるべきこと

【宇宙意識で生きる】

 宇宙という言葉からイメージされるものは、人それぞれ違うと思います。ここで「宇宙意識で生きる」と言うに当たっては、やはり宇宙という言葉の意味するところを定義しておく必要性を感じます。飽くまでも私の捉える宇宙になりますが、「ない」に対して「ある」もの全ての集合体になります。それは「見えるもの」だけでなく「見えないもの」も含みますが、「見えないもの」の中には、私達の思考とか感情とか思いとか潜在的な領域も含む意識とか、「ない」と言えないもの・状態全ての集合です。例えば私が昨晩家族に嘘をついたとしたら、その嘘は「ない」にはなりませんから宇宙に含まれることになります。

 本論では随所で私達は皆それぞれが外側の世界をそれぞれ独自に捉えて世界にしていると述べて来ました。そしてそれが共通の客観的な世界だと思い込んでいる点を指摘してきました。この「世界」はそのまま「宇宙」に置き換えて言い訳です。みんな自分が捉えている世界、特に視覚的に捉えている世界を皆の間に共通に存在する客観的な世界だと錯覚して生きています。しかし、いくつかの項で述べてきましたように、私達が捉えている世界は、外から入った情報を自分というフィルターを通して脳みその中に作り上げている像に過ぎません。その像はそれぞれの人ごとにみんな違います。ここで言うところの外の世界が原形宇宙であり、自分の脳の中に作った像は自分宇宙(内宇宙)になります。そこをきちんと分かって生きるとことが、宇宙意識で生きることです。これが大変重要なポイントです。

 私達の科学的知識は、比率にしたら原形宇宙全体の10の200乗分の1くらいのレベルでしかありませんが、それでも最先端の科学的知見のひとつとして「量子もつれ」があります。本論で何回も述べてきたので繰り返しませんが、紐づいた量子間に起こる同時現象であり、このような現象がもっとミクロな世界には多様に存在していて、それが宇宙の根底の法則のひとつだと思う訳です。そう考えれば、原型宇宙と自分宇宙は量子もつれのような現象でリンクしていて、同時に関係性を持って変化しているのだと思います。とても飛躍したことを言いますが、私がハッピーなら、全く同時に原形宇宙の対応する部分がハッピーなんです。どちらが先ということではなく、全く同時にハッピーに成るんです。それを分かって生きましょう。

 今世界では、戦争が起きたり、環境破壊が進んだり、急激に進む温暖化のよる災害が発生したりしています。それは自分宇宙の出来事です。私達一人ひとりがよい宇宙になれば、同時に原形宇宙もよい世界になるのです。決して他人事ではありません。SITHホ・オポノポノを世界に広められ、2022年1月に他界されたヒューレン博士は、よく “Piece begins with me” とおっしゃっていたと聞きます。「平和は私から始まる。」です。平和でない自分がいくら世界平和を唱えても、世界が平和になることはないと言うことです。これは簡単な話ではありません。私達の意識が何層にも渡って深いところまで続いているからです。そうした深いところまでを含む自分宇宙全体がどうなっているかが問われるからです。それを踏まえて、絶えず変化する自分を成長させて行く。そうすればそれに合わせて同時に原形宇宙も相補的に成長して行くのだと思います。本当に調和した宇宙に成るのは悠久の先かも知れませんが、そこに向かって自分全体を調和させるように歩み続けて行きましょう。

 長きに渡り22世紀に向かう世界観・宇宙観を多角的な視点で述べてきましたが、これは私の主観です。お読みいただいて共感いただけるところがあれば是非共感してください。でも、ここは違うと感じるところがあるなら、そのまま違っていることを大切にしてください。お願いしたいことは、その違いに、良し悪しだとか、優劣だとか、善悪だとか、正誤だとかの評価軸を持ち込まないようにして欲しいことです。違いは違いのまま認め合って生きていきましょう!

 以上が本論の最終稿になりますが、次回「あとがきに替えて」を少し書いて、筆を置きたいと思います。

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『22世紀型社会に向って -日本がそのモデルになって行く-』(39回目)

3.22世紀型社会への道

3) 今やるべきこと

【意識変容を進めるために】

 最終章も大詰めですが、これから22世紀型社会に向かって進んで行くに当たり、どうしても必要になる「意識の変容」について、どのようにすればそれが進んで行くのかという方法論について少しまとめてみたいと思います。

 この方法ですが、こうすれば誰でも1ヶ月でこうなる、1年でここまで進むと言ったものではありません。方法として考えられるものは色々ありますが、どれを行うにしても変容の進み方は人それぞれになります。生まれ変わりを前提にしてしまいますが、皆それぞれ長い魂の履歴があっての今回の生涯であり、皆それぞれ青写真をある程度描いて転生してきている今回の人生です。それぞれの青写真を大きく変えてしまうようなことがそうそう起きないと思いながら、同時に今のように大きく変わる時代に、意識変容を進める人生の青写真を描いて生まれてきている人は相当多いとも思います。そして私がこの時代にこうした文章を書いていることも、ある部分必然なのでしょう。

 先ず意識を変容する上で初めに必要なことは自分を知ることです。それも、できるだけ深く知る必要があります。世の中を見る時に俯瞰することを随所で薦めてきましたが、先ず自分自身を俯瞰する、そして色々な自分を知る、「メタ認知」することをお薦めします。そのために行う最も一般的な方法は瞑想になります。瞑想状態で出て来る色々な自分を自覚することです。瞑想が深くなればなるほど、その自覚も深まります。だから瞑想法を習得し、その瞑想によってより深い自分を自覚して行くことを体得することが大切ですが、これも人それぞれの感覚、道筋があり一般論として文章化することは不可能と言えます。私は瞑想教室を開いて、ベーシックコースとアドバンスコースに分けて指導していますが、人によって体得の進み方も道筋も様々であるため、自分なりに工夫しながら継続することがどうしても必要になります。技法を習得されたい方は瞑想教室の受講をお薦めしますが、人によってはアドバンスコースを繰り返し受講されることもお勧めです。

 瞑想教室で練習いただく項目だけ簡単にご紹介すると、

・健康維持のための体操(瞑想のためのウォームアップ)

・各種呼吸法から瞑想に入って行く流れ

・マインドフルネス瞑想

・グラウンディングやセンタリング瞑想

・チャクラに結びつく呼吸法と瞑想法

・母音を発声しながらチャクラを調整する瞑想

・ライトランゲージを使って深い意識に入って行く瞑想

・自分宇宙と原形宇宙が量子もつれでリンクしていることをイメージする瞑想(原形瞑想)

などになります。

 最後の原形宇宙とのリングは「原形瞑想」と呼んでいますが、本論で唱えて来た宇宙観を体感するものです。私達は原形宇宙を自分なりに捉えた自分宇宙を(客観的な)世界だと思って存在している訳ですが、その自分宇宙と大本の原形宇宙を一致させていく瞑想になります。本論では宇宙は主観ということを随所で述べて来ましたが、その自分という主観宇宙をどこまで自覚できる意識に自分の意識を拡大して行けるか、そこにアプローチできる一番いい方法が瞑想だと思います。是非日々瞑想されることをお薦めします。

 実生活では他の人達との関わりにおいて、気持ち、感情、心、意識が思い通りにならず乱れるものです。必要があってそういう状態が生れるとも言え、そういう状態に対してどのように対処して行くかを学ぶ貴重な機会であると思います。セルフマネジメントと言っていいですが、いくつか対処する方法を持っていると、都度都度それを実行することで、知らず知らずの内に意識が変容していくものです。

 そんな方法のひとつとして、一番お薦めしているのはホ・オポノポノの4つの言葉を心のなかで唱えることです。順番は決まっていませんが、「ごめんなさい」「許してください」「ありがとう」「愛しています」の4つの言葉になります。ホ・オポノポノでは、この言葉を唱えることで、カルマに相当すると思える潜在下に蓄積されたメモリーが消去されると言っています。原理を説明することは仮説にしかなりませんが、「今 世の中で起きていること(その3)」の項で述べた、存在因としての波動の干渉であるカルマに対して、この4つの言葉の持つ波動にそれを変容させる効果があるのだと思います。心が乱れるような状況が生じた時にこの4つの言葉を唱えることを繰り返していると、即効性はないかも知れませんが、少々のことでは乱れない人間に変わって行くものです。

 私はホ・オポノポノの4つの言葉以外に、心に乱れが生じた時に唱える言葉として、下記のようなものを使っています。

・10の200乗倍の活動でいつも支えてくれている宇宙にお任せ

・自分がパッピーなら同時に宇宙がハッピー

・これが今日の私です

・マゾ判断 してない?

・シンクロ期待はやめよう

・全てが愛おしく、全てにありがとう

・原形を受け入れ、原形と一致する

瞑想も含めてこうした行為を繰り返すことは、即効性が期待できるものではありません。表現が適切ではありませんが、ボディブローのようにじわじわ効いてくるようなイメージでしょう。そもそも人それぞれ立っているステージが違いますので、他の人と比べっこすることなく、坦々と続けることが大切だと思います。

 次回もう一回、今やるべきこととして「これからの時代の生き方」について書いて、この最終章のまとめにしたいと思います。

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『22世紀型社会に向って -日本がそのモデルになって行く-』(38回目)

3.22世紀型社会への道

3) 今やるべきこと

【私のふりかえり】(その4)

 前回911(セプテンバーイレブン)後のブッシュ発言に強い違和感を覚えたと書きましたが、世界中で報復戦争など起こしたら憎しみの連鎖が深まるばかりと思ったからです。そして色々関連した本を読んだとことから、911が仕組まれたものとしか思えないようになりました。そうした点に本論では触れませんが、関連本を読み進める内に、例えば中丸薫さんの国際金融資本、闇の世界権力関連の本などもかなり読むようになりました。そして、そうした色々な読書を通して、いい世の中に向かうために、「これは間違っている!」「そっちが間違っている!」式の「こちらが正しい!」論を振りかざしていても同じような歴史を繰り返すだけ、という思いが強くなりました。【意識の変容】(その3)の項で述べた、20代後半にマズローの欲求階層説から発想した意識の階層で、「優越意識」から「自立意識」への変容が必要という私のものの見方の根幹をリマインドされた感じです。長いこと広い意味で海外駐在員の仕事中心に人生を送る期間が続きましたが、自分の人生の本質を見直すきっかけになったのが911であったような気がします。

 2004年の初めにタイ駐在を終えて日本に戻ることになり、本社事業部の要職に就きましたが、改めて自分が共感できる分野の本などをたくさん読む日々の中で、天外伺朗さんの「マネジメント革命」に感動し、同書で評価されていた「長老型マネジメント」を自分の組織マネジメントに適用しようと思いました。結果的には「長老型マネジメント」が単なる「放任主義」になっていたと思うのですが、部下達は動きやすかったのではないかと思います。しかし、当時比較的頻繁にあった幹部プレゼンの場で社長から「やる気が全然感じられない!」という叱責を受けることになりました。結果的にその半年後に降格され間接部門に異動になったのですが、異動後3年ほどして部門の人事を担当する立場になりました。入社以来ずっと広く「ものづくり」の仕事に携わってきましたが、初めて人の育成「ひとづくり」の仕事を担当することになりました。それが自分自身の本質的な部分に響いたのかその仕事にかなりのめり込みました。職場にメンター制度を導入するために私費でMGS(現MGSアカデミー)という大学院大学に通い、チーフエグゼクティブメンターという資格を取得し、更に初代MGS学長であられたハワイ大学名誉教授吉川宗男先生の指導の元で、修士号を取得する流れになりました。60歳で修士論文を書き、Intercultural Open University FoundationにてMaster of Arts in Mentoring Studies が認定されたのが61歳になった時でした。

 ほぼその同時期に37年間務めた花王株式会社を退職し、業界団体の一般社団法人 日本衛生材料工業連合会の事務所に役員として勤務することになりました。役員とは言っても実際は総務・事務全般を担当する中間管理職で、少人数の事務員には任せられない数々の膨大な業務を自らこなす激務でした。そして3年目に大変ストレスの溜まるプロジェクトを複数並行して進める状況の中で、胃に線種細胞が見つかりました。分かり易く言えば良性のがんです。なんで63歳にもなってこんなストレス漬けの生活をして、がんまで発症しないとならないのかを自問自答し、任期を2年残して退職することを決意しました。

 一方がんについては内視鏡手術を受ける手配を進めたのですが、同時に自分で治そうと思いがんを治す瞑想を毎朝続けました。2ヶ月後に手術準備のための再検査を受けたところ、内視鏡検査でがん細胞は見つかりませんでした。主治医に治ることがあるのか確認したところ、「それはありません。初めの人間ドックの検査が誤りだったのでしょう。」との回答でした。内心「自分で治したんだよ!」とほくそ笑みました。

 そして、64歳を迎えるところで40年ちょっと続けて来た真面目な勤め人生活に終止符を打ちましたが、止めてから暫くは妻に代わって専業主婦をしながら、整体治療院を開業する準備をしていました。その10年ほど前に簡単な代替医療の資格を取得していたのですが、改めて技術を磨くセミナーに通ったり、個人事業主の届け出をしたりしていました。これが2019年のことでしたが、そうこうしている内に2020年になりコロナパンデミックが襲ってきました。改めて自分の精神世界好き、スピリチュアルな一面に灯がともったのか、自分視点の「コロナ後の世界」というコラムをフェイスブックに連載し始めました。自宅待機期間中はユーチューブを見る時間が長くなり、その中でライトランゲージチャネラーのあまね理樺さんの動画に魅かれ、ZOOMでセッションを受けたり講座などに参加したりするようになりました。

 折しも「風の時代」への転換が叫ばれる中、残りの人生を自分が思うこれからの時代に焦点を合わせて生きて行こうと決め、現在は軽井沢にて「@コミュ」を主催し、ZOOMにて講座や個人セッションを行っています。20歳の時の至高体験以来、自分の二極性のどちらかと言うと隠れた一面であったスピリチュアルな面を全面に出して、残りの人生を生きて行こうと決意したのが2020年12月でした。

 【私のふりかえり】はこれくらいにして、次回からは【意識変容を進めるために】として、意識変容のための方法論を少し進めてみたいと思います。

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『22世紀型社会に向って -日本がそのモデルになって行く-』(37回目)

3.22世紀型社会への道

3) 今やるべきこと

【私のふりかえり】(その3)

 大学は東京農工大学農学部農芸化学科を卒業しています。就職に際して営業系の職種に就くという発想が全くありませんでした。入社した花王株式会社では、工場の技術職に始まって研究所で新製品の開発研究を担当した後、本社の事業部に移って事業としての新製品の開発業務に携わりました。小学校の卒業文集に、「大人に成ったら新しい製品を作って世の中に貢献したい。」みたいなことを書いていたので、希望が叶ったとも言えます。事業部での新製品開発業務は広い意味でマーケティングの一端であったため、技術職と営業職に跨った職人仕事のようなイメージでした。発売スケジュールに追われ、色々な部署や関連業者と交渉しながら仕事を進める商品開発の仕事は、当初大変辛くストレスの溜まる仕事でしたが、慣れて来ると世の中に自分がクリエイトした商品が出て行くというやりがいも実感できました。

 私は子供の頃から文字を読むのが遅く苦手で、本をほとんど読まない学生時代を過ごしたのですが、社会人になって通勤電車の中での読書が習慣になりました。電車に乗れば条件反射のように本を読む毎日だったので、スピードが遅いとは言えかなりの数の本を読むことになりました。その大半が精神世界、宗教、神秘思想、心理学といったジャンルで、会社の帰りに本屋さんに寄ってそういう本のコーナーに行くのも日課のようでした。

 責任感が強く真面目に仕事に取り組む一方で、自分自身の精神・意識・魂を高めて行くことを人生のテーマと捉える一面が強くあり、そのために普通に社会人として生活しながら行う在家修行のような方法論を求めていました。当時そうした方法論が書かれた本が少ない中で、26歳の時に独学で始めた密教の座行が思い通りに進まなかったことから、27歳の時にクンダリニーヨガの瞑想教室に週末に通い始めました。学術的に超能力の研究などもされていた本山博先生が開いていた教室で、そこで瞑想を指導されていた女性の先生とインパクトのある出会いがあり、内弟子となって5年半通いました。瞑想だけでなく、滝行や山岳修験道などの世界を体験する日々で、平日は会社員、週末は修行者、ヨガ教室のアシスタントインストラクターのような生活でした。当時色々普通の人ができない体験をしましたが、会社の仕事の責任が重くなり忙しさが増す中で、ヨガ教室の方も仕事が増えて行き、首が回らないような生活になって行きました。

 

 そんな折、会社からマレーシア駐在業務への異動の打診があり、二つ返事で受けてしまいました。ガンジガラメの2足の草鞋の生活から抜け出したいという思いが強かったように思います。

 海外は別世界という印象が強く、この駐在のために32歳にして初めてパスポートを作った私でしたが、駐在したマレーシアは別天地でした。「日本がそのモデルになる?」の項で少し述べたようにマレーシアはマレー人、中華人、インド人からなる複合民族国家で、英国統治下であって今でもコモンウエルス・オブ・ネイションズであることから母国語であるマレー語の他に英語が普通に使われる国です。異民族に寛容で、何処に行っても違和感なく日本人の私を受け入れてくれました。駐在(現地会社出向)業務は、MK部長としての現地会社の仕事に加え、日本から来るおびただしい数の出張者対応という仕事があり、観光代理店のような仕事も日常業務でした。公私の境目のない生活で、休みなく四六時中仕事の体制を取っている状況でした。とてつもなく忙しい毎日でしたが、日本にいた時に比べれば裁量権がかなりあり、楽しく明るい期間でした。

 6年間のマレーシア駐在を終え2年間日本に戻りましたが、この間に結婚し、同時にインドネシア駐在となり6年、そこから継続してタイに1年半駐在を続けることになりました。この間、私のもうひとつの面である精神世界の探求は、朝の短いお祈りと瞑想を形式的に続けているレベルになりました。

 改めてまた精神世界に関心が向き始めたのは2001年のことです。この時はジャカルタに駐在していましたが、ケーブルテレビでCNNの国際放送を見ることができました。9月11日仕事を終えて帰った家のテレビで、ニューヨークのワールドトレードセンターに2機目の旅客機が突っ込むシーンをライブで目の当たりにしました。そして、その後当時のブッシュ大統領が「我々は全世界で対テロリズムの報復戦争を開始する。」と宣言したことに強い違和感を覚え、それをきっかけに俗に陰謀論とか闇の世界権力、国際金融資本とか言われる類の本をたくさん読むようになりました。そうした世界の延長にスピリチュアルに通ずるものがあり、少しずつ自分のスピリチュアリティ探索が再開して行きました。

 それについては次回続けさせていただきます。

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『22世紀型社会に向って -日本がそのモデルになって行く-』(36回目)

3.22世紀型社会への道

3) 今やるべきこと

【私のふりかえり】(その2)

 子供の頃、そして学生時代の自分の内面を少しふりかえってみたいと思います。

 前回書きましたように小学校に上がる前までの私は、独特な内面世界を持っていて、ひとりその世界に籠るところがあったと記憶しています。それが、小学校に上がってから高校くらいまでの間は、内面世界という意味で特筆する記憶があまり出て来ません。他の子供達、友人達と比べて特に大きな違いのない普通の子供時代を過ごした記憶です。ただ小学校時代の授業中、突然 「どうして自分はここにいて、こんな教室の中でこんな先生のこんな授業を受けているんだろう。大きな宇宙の中で不思議だ。」みたいな思い駆られることがありました。そして、小学校の時に「世界の7不思議」みたいな話に関心を持ったり、中学の時に般若心経を300万回唱えると超能力が得られるという話に惹かれたり、高校の時にユリ・ゲラーブームを面白がったり、ふりかえれば超能力や超常現象に関心が強かったのかも知れません。

 高校2年の時の倫理社会の授業では、古代思想の中の老荘思想に惹かれました。そして、エコロジー・生態系的な考え方に共感しながら、チャラチャラした学生生活、学生の分際でゴルフなんかして粋がっていた自分に自己矛盾を感じていました。そんな自分の大きな転機になる体験が起きたのが、大学1年の冬でした。

 一般教養の生物の授業で選択したのが「自然とは何か?」をテーマにした講座だったのですが、その講義の中で、エンゲルスが「自然の弁証法」の中で説いている「自然とはあらゆる物質の運動形態である」という定義に遭遇しました。この言葉が妙に自分に深く突き刺さり、自然とは何かについて3ヶ月ほど堂々巡りの思考を廻らすことになりました。人間が作り出す人工物や文化・文明に対比する形で自然というものを何となく受け止めていた私でしたが、気が付けば「自然とはあらゆる物質の運動形態である」という自然について頭か支配されている状態が続きました。

 そんなある晩、自分の部屋で考えを巡らせていた時に突然その状態が起こりました。宇宙の隅々までが澄み切って見渡せるような感覚になったのです。その時に思い浮かべていたことは、頭でっかちになるという定向進化を続ける人類は、何れ滅びるのが必然だということでした。そうだ、人類が滅びるは必然なんだと思った瞬間、宇宙の全てが受け入れられたのだと思います。それまでは、漠然と人類は滅んではいけない、それを回避しようとすることは当然としていたものが、滅びるなら滅びればいいじゃないか、それこそが自然じゃないかと思ったのでした。そして宇宙の中に生まれた私達は、正に自然の流れの中にあり、そこから外れようがない、私達も自然そのものなんだと思いました。だから私達もあらゆる物質の運動形態なのだと。それまで人工物だと思っていた鉛筆もノートも家も車も大都市も、みんな自然という範疇から外れたものではないと思い、抱えていた自己矛盾が氷解しました。この体験から一週間くらい、気分が晴れやかで、冬だというのに体がホカホカしていたことを記憶しています。

 その一年後、手塚治虫の「火の鳥(鳳凰編)」を読んでいて、主人公の我王が悟りを開くシーンで同様の感覚が蘇りました。そして更にその一年後くらいから、オカルト思想の本や密教の本を読み始めていました。大学3年の時には、ゴルフ部のキャプテンとして国公立大学が集まる大会で優勝した夏に、出羽三山に山伏の修行に行って滝に打たれたりしていました。2,3年前なら自己矛盾を感じていたことでしょう。

 そして大学卒業後普通に就職して社会人になることに、多少の抵抗感があったと記憶しています。それでも時代背景もあり、当然のように就活をして就職した会社が花王株式会社(就職した時は花王石鹸株式会社)で、37年間定年まで勤めることになりました。

 社会人時代のふりかえりを、また次回続けたいと思います。

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『22世紀型社会に向って -日本がそのモデルになって行く-』(35回目)

3.22世紀型社会への道

3)今やるべきこと

 さて、『22世紀型社会に向って -日本がそのモデルになって行く-』ですが、ここからは「今やるべきこと」をまとめて行きたいと思います。その前に少し趣向を変えて【私のふりかえり】として、私塚田晃が何故今このような文章を書くに至っているのか、少し自伝的なものを書いてみたくなりました。トーンが大分変りますが、何回かお付き合いください。

【私のふりかえり】(その1)

 私は昭和30年、1955年の生まれです。もの心ついた3,4歳の頃は、戦争、敗戦が少し遠くなったとは言え、まだまだ人々の話題に上る時代でした。当時ひとりで遊んでいる時間が長かった気がします。「ハネジン(羽人)」と名付けた少し年上の存在がいました。現実の存在ではありません。強くて、上の方から見守ってくれているスーパーマン的な存在でした。声には出さずに毎日会話をしていたような記憶があります。それから、良くうつ伏せに寝て、腕の上に目を押し付けるようにしていました。そうすると色々な光が見えて来て、「ドクガンソウケムリ」と名付けた黄土色の縞模様の煙がもくもく沸いて来て、その切れ目からネオンのような光が見えてくるのを、眼球をできるだけ動かさないようにして見ていました。懲りずにやっていました。また夜寝床に入ってから寝付く前のウトウトしている時に、空を飛んでいる夢を見ました。いつも同じ低いビル街や川の上を飛んで行って、最後に摩天楼の交差点の上空で飛ぶのを止め、ゆらゆら下に落ちていくのでした。地上近くになると車が行き交う中をゆっくり落ちて、突然ドスンという衝撃と共に目が覚めました。これらは年齢が進めば不思議に思えることですが、当時は普通に、当たり前に思っていました。

 2年保育の幼稚園に入ったのですが、暫くして6人毎のグループに席が分けられ、同じグループにいた気の強い女の子に私一人だけいじめられました。「この子イヤだから、みんなでそっぽ向きましょう。」みたいな感じで除け者にされたんですね。気の弱かった私は幼稚園に行くのが嫌になり、母親にこのことを相談すべきかどうかで悩み、最終的に母に打ち明けて母が幼稚園の先生に話してくれ、周に2,3回はグループ席ではないレイアウトになりました。そういう日は救われた気分になりました。これは60年以上前の話ですが、ギリギリ不登園にはなりませんでした。68歳になった今、当時を総括すると自分が普通に人に馴染めない何かを持っていたのかも知れません。

 小学校に上がる前年の年末にそれまで住んでいた中野区の借家から、小平市(当時はまだ町だった)に引っ越しました。3学期は幼稚園に通わずに過ごせたことが嬉しかったのを覚えています。その頃の小平は見渡す限り一面の畑で道はほとんど砂利道、その名の通り平らな土地なので、遠くに雪を被った秩父連山が綺麗に見える世界でした。

 小学校に上がって初めの内は、人見知りしてモジモジしていたと思うのですが、慣れて来るとハキハキよく発言をし、学級委員に選ばれました。勉強がピカイチできた訳ではありませんが、できるように見えたようです。分け隔てなくクラスのみんなと友達になり楽しい学校生活で、家に帰れば異学年交じり合って三角ベース野球をやっていました。小学校高学年になると野球がサッカーに変わっていました。

 小学校3年の時に第18回オリンピックが東京で開催され、毎日テレビに見入りました。前半は金メダルを5つ取ったレスリングに憧れ、後半は同じく金メダルを5つ取った体操に憧れ、「体操の選手になってオリンピックに出るんだ!」と思ったものです。そして、閉会式で聖火が消えて行くシーンにオリンピックが終わっちゃうんだ!と悲しくなり、涙を流したところを家族に笑われたのを覚えています。

 小学校1年の時から毎年学級委員をやり、6年の時は児童会長になりました。それほど勉強ができないのに何故か学級委員に選ばれてしまうことは、中学1年の上期まで続きました。その中1の時に「もうこういうのやだな。」と思い、それ以降クラスの代表になることはパッタリ無くなったのですが、何故そんな風に思ったのかが思い出せません。

 身体能力、運動神経が良かった訳ではありませんがスポーツが好きで、中学ではサッカー部、高校では卓球部に所属しました。大して上達はしませんでしたが、球感のようなものが育ったようで、大学ではゴルフ部の主将を務め、ゴルフだけはかなりのレベルに上達したと思っています。もう随分やっていませんが・・・

 今回は息抜きのような回顧録になってしまいましたがこの辺にして、次回は学生の頃の精神面を少し掘り起こしてみたいと思います。

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『22世紀型社会に向って -日本がそのモデルになって行く-』(34回目)

2.22世紀型社会への道

2)日本がモデルになる?(その2)

 これから22世紀に向かって行く世の中の流れの中で、経済は成長発展させるもの、人と比べてお金持ちになることが幸せなこと、たくさんお金を稼ぐことのできる人が優秀、多くの人達が当たり前に持っているこうした感覚を無くして行く必要があると思っています。そして、もしかすると日本がそうした感覚を先行して築いていく国になるのではないかと思うのです。

 東西冷戦が終結し、そしてインターネットが世の中に出始めてそろそろ30年、この間これまで経済発展のスピードが遅かった開発途上国も含めて多くの国がGDPを伸ばす中、日本はバブル崩壊後ほとんど横ばいの状態を続けて来ました。日本でこの期間政権のかじ取りをして来た自由民主党が、官僚と一緒になってやって来た政治・行政は失敗だったと言っていいと思うのですが、それでも多くの国民が政権を変えようと声を上げずに自分達の生活水準を受け入れて生きているのだと思います。ある意味「足るを知る」意識感覚をどこかに持っている国民なのでしょう。後ろ向きにこの特性を使うのではなく、前向きに使っていけないかなと思うところです。そのためには、やっぱり自立意識への変容がキーになる訳ですが、日本人が持っているこの特性が、これから波状的に襲い掛かってくるのではないかと思われる様々な世界的な危機の中で、その対応に於いて輝きを増していくように思うのです。そうした中で世界の範となる日本人の中で意識変容が先行して進んで行き、その中から新時代の新しいタイプのリーダー達が生れて来る気がします。

 昨年からアメリカのFRBが高金利政策に舵を切り、多くの国がこれに追随していますが未だに日本は低金利政策を継続しています。世界的な経済・金融崩壊を防ぐために日本が量的緩和政策の最後の砦になっている、日本国家の財政赤字が大き過ぎて金利を上げられない、色々理由はあるでしょうが日本国民は低金利に慣れきっています。米ドル基軸通貨体制が遠からず崩れて行く中で、ブロックチェーンを使った新しい世界共通の金融システムがきっとできて行くでしょう。根拠のない予感ですが、預けて置けばお金が増えるという仕組みの時代が終わって行くと思います。この流れにも、低金利政策の続く日本がスムーズに乗って行くような気がします。政府は資産所得倍増などと言って国民にも金融投資を煽っていますが、元々日本では他国に比べてハイリスクハイリターンの投資に手を染める人達は圧倒的に少ないですよね。それが他国に比べれば被害が少なく済むような事態を日本に生み続け、改めて日本人が注目されるような状況が生まれるのではないでしょうか。

 もうひとつ現在の日本が抱える大きな問題として少子高齢化があります。最近異次元の少子化対策などと言っていますが、亡くなった安倍元総理大臣がアベノミクスを打ち出した時に、私は「今日本の最大の課題は少子化で、フランスの政策に見習うべきだ。」というようなコラムを書きました。そう言えば自民党の女性局員御一行が今年になってフランスに少子化対策を勉強に行って来たらしいですね。しかし、10年前にそれを主張した私は、今では考えがガラッと変わっています。進む少子高齢化は、その先の世の中のための地球の意思のように感じるのです。それが一早く日本で進んでいるのだと。

 経済発展という価値観が無くなれば、人口は増える必要はありません。サステナビリティという視点に立てば、丁度いいところに均衡しているのが理想です。世界にはハードな手法で人口削減をもくろむ人達も間違いなくいるようです。少子高齢化の先にソフトな形で縮小均衡を迎える可能性の高い日本は、この問題でも世界の範となるような気がしています。勿論、縮小均衡に至るまでの道のりは楽なものではなく、人口に占める高齢者の比率が高まるピークをどのように乗り越えて行くのか、大きな試練が待っています。例えば、年金にしても医療体制・医療費にしても相当な変革を迫られる大きな社会問題になる日はそんなに先のことではないでしょう。意識の変容を進めながら大胆な改革が必要ですが、「健康・医療のこれから」のところで述べたように、「自分の力で生きるだけ生きて、それが出来なくなった時が死ぬ時」という当たり前のことが腑に落ちれば、医療・医療費の問題はほとんど無くなってしまうと思います。そういう意識変容をこれから並行して進める必要があります。

 そこに一早く進んで行くのが日本のような気がしています。これから世の中で一段と予測不能な危機的状況が何回も生れて行く中で、気が付くと日本がそうした状況を自然体で克服して行く流れが、世界に示されて行くのだと思います。

 次回からは、第3章「22世紀型社会への道」の最後の項として「今やるべきこと」を書き進めたいと思います。

※『22世紀型社会に向って -日本がそのモデルになって行く-』は、週1回くらいのペースで書き足しています。バラバラした投稿になっていますが、初めから順番に読みたい方は、note のサイトを見ていただくと、頭から読める投稿にしてあります。

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『22世紀型社会に向って -日本がそのモデルになって行く-』(33回目)

3.22世紀型社会への道

2)日本がモデルになる?(その1)

 東日本大震災の時の被災者・日本人の間で自然発生的に起こった連携活動は、世界のどこでも見られるものはない気がします。これから、世界規模の様々な危機の際に、ああした日本人特性が試される機会が何回も来るのかも知れません。今年は関東大震災から100年目ということで、テレビの特集番組なども多かった気がしますが、関東大震災の後には朝鮮系の人達や中国系の人達の殺害、物資の略奪なども起きていたようで、東日本大震災の後とは、様相が違っていたように感じます。2011年と言えば既に「水瓶座の時代」、そうした変化がベースにあるのかも知れません。

 渡辺京二さんの「逝きし世の面影」に描かれる江戸時代の日本の庶民生活や文化は、明治維新期に日本を訪れた一部の欧米人から見て、かなり理想的に見えたようです。道教や仏教に言う「足るを知る」や、儒教的な「仁義礼智信」の世界が上手く溶け合って、「自立意識」的な社会を生み出していた面があるのかと、私には思えます。それが明治維新で国が欧米化する流れで、「優越意識」が全面に出る日本社会に変わったのかなと。単純過ぎる見方かも知れませんが。

 それが少しずつまた変わり始めているように感じる背景には、日本民族の言語脳の使い方が関係しているように思います。角田理論と言われる、角田忠信先生の研究によるところですが、MRIによる脳の機能解析により否定されてきた角田理論が、最近MRIの改善により再び評価されることになって来たようです。母音を長く発音する言葉の多い日本語を生まれた時から身に着けた日本人と、子音発音主体の他の言語を身に着けた人々とでは、言語処理脳と虫の音などの音の処理脳の使い方が違っているのです。言語脳は一般的に左脳が主体になりますが、日本人が母音の長い日本語と虫の音をこの左脳主体で処理し、雑音を右脳で処理するのに対し、日本語以外の言語民族では、母音の伸びる音に近い虫の音などが雑音として右脳で処理されます。

 一般的に左脳が論理脳、右脳が感性脳と言われ、私見になりますが、日本人は日本語の発音特性から、感性に関わるある部分の機能が論理脳の左脳に統合されているのではないかと思うのです。この論理と感性の部分統合が左脳の中で起こっているところに、日本人の特性があるのではないでしょうか。

 私は会社員時代、アジアへの駐在勤務が長かったのですが、日本人と他の国の人達との仕事のやり方の違いに直面することがよくありました。特に最初に駐在したマレーシアは複合民族国家と言われ、マレー人、中華系民族、インド系民族が一緒に暮らす国でした。それぞれの民族特性を肌で感じましたが、それ以上に日本人の特殊性も実感しました。よく言われることですが、日本では、会議などで明確に結論が確認されず、やることの役割分担を決めなくても、みんな自分のやることをちゃんと理解して上手く仕事が回って行くことが通常です。それでも分からないことはメンバー間で勝手連絡を取って、「これどっちでやる?」「今回はこっちでやっとくよ。」みたいなやり取りで、上手く仕事が進んで行ったりします。後に欧米の方達とも一緒に仕事をする機会がありましたが、日本以外ではこのやり方は通用しません。全員で決まった結論を確認し、それぞれの役割分担を明確にしないと、誰も何もやっていないと言うようなことが当たり前に起きます。担当業務には詳細なジョブディスクリプション(職務記述書)がないと、仕事を適当にやるだけのメンバーが出てきます。日本人には教えられたものではないのに「阿吽の呼吸」のような感性があって、それが日本語の言語特性から来ているものではないかと感じています。

 そして直感でしかありませんが、この日本人の左脳に見られる統合機能が、これからの時代の地球の波動環境に向いているように思うのです。日本人のそうした脳の使い方の特性が、知らず知らずの内に、宇宙的なレベルで地球を取り巻くこれからの時代の波動環境に、日本人が先行して馴染んで行き易い状況を生んで行くのではないかと思います。これから異常気象や地震・噴火などの大きな自然災害、人間社会に於ける様々な紛争など、私達の日常生活に大きな支障を来す事態が益々増える時期になって行くでしょう。そんな中で、東日本大震災後の日本人の自然発生的な対応が、世界の範となるような機会が増えるのではないでしょうか。

以上日本人の民族特性からこれからの時代への展望を見てきましたが、次回は本論の「はじめに」で触れた社会情勢の面から、これからの時代に日本が世界のモデルに成って行く可能性をレビューしてみたいと思います。

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『22世紀型社会に向って -日本がそのモデルになって行く-』(32回目)

3.22世紀型社会への道

 第3章は「22世紀型社会への道」として、22世紀の世の中をイメージして見たり、日本がこれからそのモデルになっていく可能性を考えたり、今を生きる私達がどのようにして行けばいいのかなどを紹介して行きたいと思います。

 先ずは22世紀の世の中をイメージしてみます。

1)22世紀夢想

 「水瓶座の時代」や1600年周期説など歳差運動周期から考えると、これから千年以上続く時代の長期サイクルは、縄文時代とかレムリアやムーの時代の特性が蘇ってくる面が強いと感じます。これまでの時代のように物質的繁栄を求め、そのためには収奪も厭わないという意識感覚が後退して、全体の調和・統合を図る意識が当たり前になって行くと思います。ただそれは何千年か昔の世の中の姿に戻るというのではなく、これまでの何千年かの時代、特にここ百年2百年の物質文明の急激な発展を踏まえ、それを超えて行く姿になるでしょう。自立意識への変容が新しい時代の前提になりますが、自分を優位にする奪い合いの争いが激減することから経済的な発展という考え方が薄れ、普通にサステナブルな時代になって行くだろうと思います。

 多様な生き方を認め合う中で、共通項の多い人達が自然にコミュニティを形成する場合が多いでしょう。LOHASな人達のコミュニティは増えると思いますが、一方でバーチャルな世界で先進性を求め続けて行く人達の集まりもあるでしょう。フリーエネルギーが実用化されていて、AI、ロボットが自らを管理しながらエネルギー、インフラ、生活必需品を作り出す産業体制が整って行きます。自分にカスタマイズされたものが欲しい場合は、進化した3Dプリンターなどで手軽に作れるようになっています。人の移動も物流もドローンが主流で、衛星システムで目的地への移動がトラブルなく行われているでしょう。

 生活の充足感が当たり前に得られることから、誰も金儲けをする必要は無く、経済という言葉がほとんど使われなくなっているでしょう。お金は価値を交換する際の手段になりますが、その意味も薄れて行くように思います。労働と言われるものをAI、ロボットが自己制御しながらやってくれることから、普通に生きて行くためにあくせく働く必要がなくなり、やりたいこと、楽しいこと、ワクワクすること、創造的なことをすることが当たり前になっています。多くの人が自立意識になることの延長線上で、高次元、余剰次元の存在とのコンタクトが可能になる人が増えることから、物事の判断で迷い悩むことが基本的に無くなって行くでしょう。

 ちょっと目に浮かんだことを述べましたが、これは理想論に過ぎるでしょうか。私は70年近く生きていて、この70年の変化を身を持って味わってきました。幼児期を過ごした家は、ガランとした畳の部屋がふすまを開けば2つ繋がる構造。ちょっとした整理たんすと大きなラジオが置いてある以外は、お膳と座布団だけ。寝る時はそれを壁に立てかけて布団を敷く。ガランとして効率的な空間でした。毎朝はたきとほうきで掃除をしていましたが、ほこりが積もるところはそれほど無かったと思います。幼稚園の時にテレビがやって来て、小学校の時は、今年は掃除機、今年は冷蔵庫という具合にひとつずつ家に電気製品が増えて行ったことを覚えています。野菜の皮とか魚の骨とか、そういう物以外ゴミがほとんど出ない生活でした。

 僅か60何年前の話です。もの凄い変化です。22世紀までまだ80年近くあります。これから何が起こるでしょうか。自分が描いている世界になるには、先ず皆の意識変容が必要です。リープと言っていいレベルの意識変容ですが、そうなれば22世紀が素晴らしい世界になることは、間違いないと思います。

 今回はこれくらいにして、次回は日本が22世紀型社会のモデルになって行く可能性を考えてみたいと思います。

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