2.色々な分野で起こるであろう変化
10)教育のこれから(その2)
今の世の中のグローバリズムについては、いくつかの項で述べて来ましたが、大小さまざまなヒエラルキー構造が重なり合った現代社会に於いて、一番上に立つ人達がメディアの情報や各種のエンターテイメントなどを操って、人々を管理し易い状態にしています。もっと大きく捉えてしまえば、民主主義も資本主義もそのための道具のように思えます。そして、教育は人々を管理し易い状態に留め置くための最も重要なツールのひとつと言えるでしょう。
日本では明治以降教育がヨハン・フィヒテの教育学をベースに行われ、国家に忠誠を尽くすような人間に育てることが、教育の主眼になっていたように思います。これには江戸時代に広まっていた儒教的な言葉が、言葉として巧みに利用された気がします。敗戦後国家主義的な教育は見直されたとは言え、高度経済成長を支えたような優等生を育てるために、フィヒテの教育思想が基本的に受け継がれて来ています。
例えば「いい子でいなさい」とか「人に迷惑をかけないように」とか「目上の人を敬いなさい」とか、これらは間違いとは言えませんが、自分の魂に従ってのびのび生きる上での制限因子になることが多々あります。こうした訓戒のような言葉が乳幼児の段階から知的教育として植え付けられてしまうと、それが潜在領域に落とし込まれて後々行動を起こす時の前提として発動してしまうようになります。自ら制約を作ってその中でしか生きられない人生になってしまう可能性が高まります。集団帰属意識階層の人間になり易いということです。
一方、この乳幼児の時期から高レベルの学問教育が行われ、「優秀に! 優秀に!」と育てられると、知的能力が高く、上昇志向の強い人間になる可能性が高くなります。エリート教育と言っていいと思いますが、知識は豊富、それを操る能力に長けていて、入試など試験に強く、社会の中で重要なポジションに就くことになります。政治家、学術会の重鎮、大きな企業のトップ、評論家、最近では人が思いつかない一見スゴイと思えるコメントを繰り返すコメンテーター等に多く見られるタイプでしょうか。優越意識階層の典型になりますが、本来人間に求められる統合的なバランスを欠いている人が多いように思います。
敗戦後の日本の教育は、国家主義教育への反省から一人ひとりの人間性を開花させる教育への転換を色々試みて来たようですが、結局エリート支配階層の人達が管理し易い人間を育てる教育から抜け出せていないようです。これはこれまでの時代が優越意識の支配する時代であったことの現れです。みんなが自立意識の時代に変わって行く今、教育も自立意識人間が育つものに変わって行く必要があります。教育学としてみれば、ジャン・ジャック・ルソーに始まりデューイ、シュタイナー、モンテッソーリ、ニイル等に受け継がれている教育は、生れ出た後の人間の発育成長プロセスに則っているものに思えます。日本でも斎藤公子さんや藤森平司さんの乳幼児教育がこれに当たるでしょうか。
そして、私達には潜在領域の意識があります。得体の知れないものをたくさん抱えています。子供達への教育に於いてそうしたことに無自覚で、表面の意識の優等生を作ろうとすると、その子に後々大きな問題が生じるケースが多々あります。勿論人それぞれであり、誰もが同じようになることはなく、それぞれの違いには前世の影響もあります。これからの教育は本来こうしたことまで認めて行うべきものであり、そうしたことを体験的に身に着けている人が指導者になるべきです。
潜在意識を通り抜けた深層領域には、10の200乗倍くらいの情報に満ち溢れた世界が広がっているものと思っています。そこにアクセスできれば、外から与える教育は社会生活を支障なく行う最低限のものでいい訳です。必要なものは全部自らの内側に潜んでいます。それを正しく引き出すことができる人間に育つように教育全般を見直すべきでしょう。先ず脳や身体の発達段階を踏まえた教育プログラムが必要です。そして、乳幼児の時期は多様な人達に囲まれた生活環境を作ることが大切です。例えば、母子家庭で母親とベビーシッター以外の人には接することがないような環境では、子供は健全に育ちません。一方で核家族化した社会を大家族社会に戻すことは実際のところ不可能でしょう。そうだとしたら、保育機関の在り方に工夫が必要です。
もう一つ、増加している不登校の問題があります。これはこれからの時代を生きる魂達が、今の古い学校教育制度に馴染めないことの現れではないでしょうか。不登校児対策としてフリースクールが増えていますが、保育園、幼稚園、小学校、中学校くらいまでを全部フリースクールのようにしてしまうくらいの改革が必要? 何十年か先には、それが空想ではなくなっているような気がします。
本来の人間性を開花させる教育については、天外伺朗さんが「教育の完全自由化宣言」と「「生きる力」の強い子を育てる」の2冊に膨大な論考を分かり易くまとめられているので、ご一読をお薦めします。
第2章の「色々な分野で起こるであろう変化」はここで終わり、次回からは22世紀の姿を少し描けないかと思います。
※『22世紀型社会に向って -日本がそのモデルになって行く-』は、週1回くらいのペースで書き足しています。バラバラした投稿になっていますが、初めから順番に読みたい方は、note のサイトを見ていただくと、頭から読める投稿にしてあります。
https://note.com/qeharmony_627/n/n1c014e6dbe0c