『将来のこと、過去のこと、他の人にとらわれない』(その2)

寒い日が続きますが、これから塾、今回は『将来のこと、過去のこと、他の人にとらわれない』の2回目、「他の人にとらわれない」です。

さて、他の人、そこには色々な人達が全て含まれますが、私たちはこの他の人達をどのように捉えているでしょうか。私たちには他の人が見えます。他の人の話が聞けます。他の人を感じられますが・・

ここにAさんとBさんがいたとします。あなたがとらえたAさんがいます。同じAさんをBさんがとらえたとします。あなたがとらえたAさんと、BさんがとらえたAさんは同じAさんでしょうか。同じAさんをとらえていても、あなたがとらえたAさんとBさんがとらえたAさんは、全く同じということはないですね。何故でしょう。

見るという行為を例に取れば、Aさんを見るということは、Aさんが反射している光(可視光線)をあなたが目でとらえて、その光の情報を頭の中でAさんという像にして描いていることになります。

私たちは、目で見ている世界がそのまま外にあるものだと思っていますが、あくまでも頭の中の立体3Dスクリーンに像を描いて、それをとらえていることになります。あなたが近視で、Bさんが遠視だったら、同じAさんの像にはならないですよね。視覚映像だけでも同じでない上に、普段私たちは自分の持っている知識とか、感情とか、思惑とかを含めて、自分が頭の中に描いた視覚映像をとらえることになります。自分というフィルターを通して見ているんですね。

それは像です。本物の姿ではありません。そもそも有限の認識の能力しかない私たちに、本当のそのものの実像なんて掴めるはずがないんです。自分というフィルターを通してとらえている他の人にとらわれてしまうということは、自分の中にとらわれる因子があるということです。

Aさんは確かにAさんとして存在している訳ですが、あなたにとってのAさんは、Aさんを通してあなたの中のとらわれ因子に気づくために存在してくれているAさんになります。だからそこに気づくことが大切です。逆にAさんから見たあなたは、Aさんのフィルターを通した像になります。あなたという存在が、AさんがAさんの中のとらわれ因子に気づく役割を果たしているのです。

このような相補的な関係が、どんなものの間にも働いているのがこの世の仕組みです。だからとらわれていることに気づいて、気づいて、気づいていく。そのことに気づけると人生は大きく変わっていくと思います。他の人にとらわれるのではなく、とらわれている自分に気づきましょう。気づいたらそれを直すとかではなく、そんな自分に気づけばそれでOKです。

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『将来のこと、過去のこと、他の人にとらわれない』(その2)” に対して2件のコメントがあります。

  1. 安田 千恵子 より:

    最近 人との関わり合いが多くなり、解決策を探っていましたが
    気付く事が大事。とても気持ちが楽になりました。

    1. qeharmony より:

      千恵子さん、ご無沙汰してます。コメントをありがとうございました。
      自分の投稿は、出てくるインスピレーションをベースにツラツラ書いてしまっている部分が多いのですが、結果的に自分に言い聞かせる言葉になっています。
      さもありなん!

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